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2006年02月01日
国会で経済格差の議論が盛んに行われていますが・・・
今国会で、小泉首相が「(経済)格差が出ることは悪いこととは思っていない」と答弁したことが大きくとクローズアップされています。そして今日の答弁では「貧困層をなくす対策と同時に、成功をねたむ風潮や能力のある人を引っ張る風潮は厳に慎んでいかないと、社会の発展はない」と答えています。
この答弁も報道で大きく取り上げられていますが、批判的な論調が多いなかで、私個人としては肯定的に捉えています。
まず、経済格差についての認識については確実に広がっていることは間違いないと思っています。そしてこの経済格差というのは一概に経済すなわち所得だけの格差で是非を論じるものではないと思うのです。その理由としては所得が豊かな人が勝ち組といわれていますが、一方で所得が豊かでも生活が豊かでない人も多くいるわけで、それを所得だけで勝ち組と呼ぶのはどうかと疑問があります。また、一方で所得が低くても生活満足度が高い生活をしている人もいるわけで、その方々は今の議論では所得が低いため「負け組」と呼ばれていますが、それは一概に負け組とはいえないものです。すなわち大切なのは本人の生活に対する満足度であり、それを所得で勝ち組、負け組とくくるというのは、いかにも個人を無視した議論であると感じられて仕方がありません。
しかし、一方で生活保護世帯の増加などをみれば分かるように確実に社会保障のセーフティーネットを必要としてきている人たちは増えています。セーフティーネットの拡充が社会的に必要なのは間違いないことであると思います。経済格差の問題を盛んに取り上げ「平等」を強く主張する人たちはこの点を強く主張するのですが、「平等」イコール「生活が豊か」とするのはあまりにも拙速な発想であるとしか思えません。
格差社会の議論のなかでは「所得(経済)」ばかりに焦点が当たっていますが、個人的にはますます進むエリート化や学歴格差などの「機会(チャンス)の格差」が何よりも問題であると思っています。首相の答弁にあった「成功をねたむ風潮や能力のある人を引っ張る風潮は厳に慎んでいかないと、社会の発展はない」というの言葉をきいて「出る杭は打つ」という日本的な悪しき慣習がいまだ根強く残っており、それが若者のやる気や可能性を萎縮させていると常に感じていることから、この点についてはなるほどと思ったところです。
投稿者 takao : この記事へのご意見 (0) : トラックバック (0) : 政治全般
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