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2005年03月07日

負担と給付の関係

10日間にわたり行われてきた予算特別委員会の審議が今日の全款補充質疑で終了しました。あとは予算の可否を示す明後日の意見表明を残すところとなりましたが、今後会派で是非を議論し会派としての意見を統一するものの、個人的にはこれまでの審議を通じ予算案には反対という立場です。

さて、ブログに公営住宅についてのあり方について貴重な意見をいただきましたが、このことこそ、税金の使い道を考える予算と密接に関わるものだと感じています。予算というのは1年間の区のお金をどのように使うかを決めるもので、その額は納められた税金の分しかありません。その限られたお金をどのように使うのか。福祉に重点を置くにしても、福祉にも高齢者福祉、少子化対策、障害者福祉、低所得者対策と多くのジャンルがあり、すべてを手厚くしようとすれば、福祉以外の分野の予算を削るしかありません。

予算審議でも「高齢者向けの施設利用料を無料にすべきだ」と主張する議員もいましたが、そうするのであればどこからか充当するためのお金を持ってこなければなりません。財源の担保なしに理想を掲げるだけでは、結局は借金を将来世代に先送りすることになってしまうのです。

そこで、何が必要かというと個人が支払う税金の負担と行政サービスにかかる経費の関係を明確にすることです。そうすることで高福祉なら高額の税負担、低福祉なら低額の税負担というのが実感できるようになります。そして市民の税金への意識が高まることで政治は確実に変わり始めます。

しかし、高福祉だから高負担なのかというと、高福祉でも高額の税負担にならない方法もないわけではありません。それは、従来言われている高福祉、高負担というのは行政が公務員ですべての福祉施策を行うことという想定のもとでの議論であり、例えばすべての家庭がごみの分別を名古屋市のように16分別を徹底し、ごみ収集にも住民が協力するようになれば、公務員が担っている業務の負担が減り、その分、お金は必要なくなります。また、余暇・文化施設などの箱物を伴う行政サービスを行わないという選択肢もあります。いうなれば、税負担の変わりに自分でできることを自分で行う、また地域のことは地域で解決する、本当にできない部分だけを行政が公務員で行うというシステムを作ることで、高福祉、中負担という関係を作ることは不可能ではありません。

高度成長期の税収が増え続けている時代には、政治家はただ住民のお願いを聞いていればよかったのかもしれません、しかし、成熟社会の今、政治家は限りある税金がどのように使われ、そのことにより暮らしがどう変わるのか、そして将来への負担がどうなるのかを住民に説明し、住民と共に考えていかねばなりません。それは、時に住民のニーズに対し、実現できない理由をはっきりと示さなければならないことでもありますが、耳に痛いことを隠さずに伝えることも政治家の大切な職務だと私は思っています。

投稿者 takao : この記事へのご意見 (0) : トラックバック (0) : 福祉・医療・介護

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