「今日のひとこと」トップページ
前の記事:公約を果たすための努力
次の記事:みんな平等が招く弊害。。。

2006年12月20日

中国の地方議員と日本の地方議員

今日は中国の政治の若手の学者さんと日本の地方議会制度と中国の地方議会制度について意見交換をして、いろいろ考えさせられました。

中国の議会というと政党が一党(事実上)しかないことから「選挙がない」とよく言われていますが、地方議会レベルでは選挙が試験的に導入されているといいます。

実際に中国の市議会議員との交流もしたことがあるのですが、個人的な能力での優秀さは日本の地方議会議員とは比べ物になりません。

その理由としては選挙を経ているとはいえ、日本のような選挙制度ではなく基本的にエリートでないと立候補できない背景があります。その点では日本では25歳になれば誰でも基本的に議員の選挙には立候補できるため、誰でもが議員となるチャンスがあるといえます。

しかし、ここで悩ましいのはどちらが地方政治にとって本当に良いことなのかということです。今の日本の地方議会議員は昔と違い名誉職な気持ちでは到底出来ません。もちろん能力もです。また、議員に誰でもがなれることから議員の質問の質についてもかなりの格差があり、そうしたことから議員同士で議論をすると議員の力量の差が明らかになりやすいことから、実現がしにくいというジレンマもあります。また、選挙にさえ受かれば質問をしなくても4年間の報酬が保障されるという仕組み的な問題も生み出します。

一方で中国のようにエリート階級のみが議員になれるというのでは、レベルの高い議論が行われる一方で、階級社会を生みだすことになり望ましいことではないといえます。(ちなみにフランスもエリートしかなれない仕組みです)

いずれにしろ「議員の役割とは何か」という本質的な問題にあたるのですが、「一般的な感覚を持ちながら議会では専門的な知識を元にいかに良い政策を実現するか」ということが理想ではないかと思っているのですがなかなか実現するのは難しい課題です。

余談ですが、中国の地方政治レベルでこのような変化が起きているのも勉強になったのですが、選挙権の話で都市住民と農村住民では票の重みが1人あたり6(票)対1(票)というのには驚きました。

投稿者 takao : トラックバック (0) : その他 : にほんブログ村 政治ブログへ

この記事のトラックバックURL:
http://www.nozakitakao.net/mt/mt-tb.cgi/962