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2006年11月24日

見えない心の負担を取るために

今日は区議会の文教委員会で「いじめ問題」についての議論が行われました。

まず、練馬区内のいじめの緊急調査の結果は以前お伝えしたように、「学校がいじめを把握している総件数等」として小学校で30件、中学校で54件の計84件となっています。練馬区の小学校の数が69校、中学校の数が34校なのですが、小学校では半分以上の小学校でいじめはゼロ、中学校では29校で54件ということであり5校でゼロという結果となっています。

私の質問は
1「いじめられていると訴えている子をまずは何よりも守り、保護することが第一でり、学校が対応してある程度の時間がたっても解決しないのであれば本人の希望があるのならば転校を快く認めるべき。そして転校後もバックアップするのは当然。転校というのは校長や担任は非常に嫌がるがそれは学校や教員の都合でありそのような考えかたはやめるべき」
2「いじめを無くすという目標は形だけの平穏を作り出す可能性が高く、『いじめはある』という認識にたち、問題が発生したときは隠すのではなく早期に明らかにし全体で対応していくべき。件数の大小で判断するのはやめるべき」
3「教師や校長を萎縮させる減点主義がいじめなどの問題を隠蔽する体質につながっていることから、誠実に問題を明らかにし改善することを評価するようにする必要がある。今の教師はいじめられた子とその保護者、いじめた子とその保護者、上司の間で板ばさみ状態で1人で問題を抱え込むような状態にしてはならない。」
4「電話相談といっても子どもや保護者が電話をかけるのは非常に敷居が高い。また電話は無料ではなくお金だってかかる。子どもがやるのは無理がある。だからこそ気軽に訴えられるメールなどの窓口を作る必要がある。メールは信憑性がないという役所の言い分は、手紙なら信憑性がある、電話なら信憑性があるというのも根拠はなく、敷居を低くするためには必要不可欠で早急に行うべき」
5「いじめを行っているとされる加害者もそういう家庭は・放任された家庭・攻撃的な家庭・なんでもありの家庭など家庭に問題を抱えている子どもも多い。いわゆるネグレクト。そのことからいじめをしたとされる子が抱えている心の悩みを解決するためにも児童相談所なども含めた対応を行うべき」
6「区内の小中学校にはスクールカウンセラーや心の相談員が全校に配置されているが、いじめられている子が校内のそういった場所に相談に行くことは新たないじめの口実になる可能性もあり、学区内にある小中学校のカウンセラーや相談員にも子どもが相談できる体制を取るべき」

というのが主な内容で、1に関しては強い希望があれば転校を認め、バックアップしていく。4、5に関しては研究して出来る限り対応していきたい。という答えでしたが、他の回答に関してはあいも変わらずあやふやな答弁となりました。

他の議員の発言は3週間後に練馬区議会会議録に掲載されたものを見てください。区議会の議論のレベルが良く分かります・・・・。

限られた時間の中で行うこうした会議のやり方自体が問題なのは今の地方議会の根本的な問題です。だからこそ議会改革を進めなければならず、そのためには本当に研究熱心な人が議員に選ばれるようにならなければならないのです。以前の日記にも書きましたが選挙のときだけもしくは議会外だけの活動に力を入れる議員が選ばれているような現状では議会は変わりません。ですが変える力を持っているのは議員ではなく区民のみなさん一人ひとりなのです。どうか区議会の会議録を見てください。私自身もまだまだいたらないこともあると思います。それも含めて意見をもらえればより成長できるのです。政治を変える力それは皆さんが持っています。『いじめ問題』を通じてこうして政治への関心が高まったことは、社会からの警告なのかもしれませんが、すくなくとも私は今の形式にこだわり権威や名誉ばかりを重んじる政治を変えなければならない、そして変えられると信じています。いじめ問題は学校や教師、家庭で解決できる問題ではなく政治を変えなければ教育は変わらないと個人的には思っています。

投稿者 takao : この記事へのご意見 (1) : トラックバック (0) : 子育て・教育 : にほんブログ村 政治ブログへ

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ご意見欄

 以前、我が子のいじめの件で投稿をさせて頂きました者です。
 野崎さんの委員会での質問は、本当に的を得ているといいますか、いじめ問題の要素を的確に表しているものだと思います。こういった質問をされる方が多くなれば、一歩ずつでも前に進めるのではないか、とほんとうに思う次第です。
 結局、うちは転校をすることにしました。以前、いじめっ子に取り囲まれ、いじめられている様子を見た下の子が、「お兄ちゃんがかわいそう。ぼくもいっしょに転校するから・・・」と言って泣き出したときには、その不憫さに、怒りで我を失いました。「いじめの原因はお宅の子にある」と言う担任や、いじめっ子、「お互い様」で片づけるその親に対する感情は、もう怒りと憎しみでしかありませんでした。恥ずかしながら、四方八方にその怒りと憎しみを放出してきました。でも、それでは何も解決しませんでした。
 怒りと憎しみに捕らわれた日々を経て、校長先生を信じてみようと心に決め、そしてその結果を見ることができた今は「憎しみではなく、すべてへの感謝の気持ちでリスタートしよう」と、家族がひとつになっています。今月後半に入って学校では全くといっていいほどいじめられなくなりました。学校側、特に忙しい中、たくさんの時間を割いて全力で対応して下さった校長先生には、一生忘れられない恩を感じています。
 でも、我が家は転校してリスタートすることを選択しました。いじめ自体はなくなっても、クラスの子ども達をとりまく環境はなんら変わっていないからです。明らかにうちの子をストレスの解消手段としていたいじめっ子の、そのストレスが無くなったかと言えばそれは何ら解決していないですし、一度クラス全員から「いじめてもいい子」のレッテルを貼られた子が、そこから自力で脱出することは極めて困難だと思います。それに、ここから先はもう学校だけで対応できる部分ではないと思います。
 先日子どもが、「いじめられている他の子がいたから、止めに入ったんだ!」と言うので、私は「たくましくなったな!」とおもいっきり抱きしめました。息子がそのとき見せた満面の笑みを忘れません。そういった本人のこころの成長が、何か良い方向に向かうものであるのなら、マイナスからのスタートである今の学校ではなく、ゼロからスタートできる他の学校で、と思い、転校を家族全員で決意しました。リスクは覚悟の上です。

 この件を通して感じたのは、学校はいじめが起きてから対処するのではなく、いじめが起こる原因や構造をしっかり理解し、日頃の学校生活の中で「教育」として取り組む必要があるのではないかということです。また、時には親の教育も必要なのかもしれません。「いじめが起こってからでは遅すぎる」というのが実感です。それと、もう一つ。いじめが起こっている場がたまたま学校なだけで、その原因はほとんど家庭にあり、家庭が子ども達にストレスを与えていて、それが学校に持ち込まれた結果「いじめ」という形になっている、という風に思いました。そうであるとするなら、学校だけが取り組む問題ではないはずです。
 いじめというと何かと全て「学校・先生の責任」となってしまいますが、本当は、学校も保護者もPTAも、いっしょに考え、いっしょに取り組んでいかなければ根本の解決にはならないのではないでしょうか。「思いやりと助け合いのこころ」が必要なのは、子ども達ではなく、大人達なのではないかとさえ思います。
 今、うちの子どもはとても安心した様子を見せています。たくましさも少し身に付きました。なにより、「家族の絆」というとこっぱずかしいですが、そういったものが固く、強くできあがりました。悪いことばかりではなかったな、と思っています。でも・・・いじめっ子の抱える大きなストレスは無くなっていません。いじめで発散できなくなった分深刻です。本当に不幸なのはいじめっ子の方なのかもしれないと思うと、やりきれない気持ちでいっぱいになります。
 最後に、先の投稿にコメントを下さった毎日勉強さん、アッキーさん。心のこもったアドバイスにどれほど勇気づけられたかわかりません。本当にありがとうございました。そして野崎さん、あなたの存在は子どもたちの未来への希望です。選挙権の無い子ども達ではありますが、たくさんの無言のエールを送っています。がんばってください。応援しています。ちょっと持ち上げすぎでしょうか(笑)。

投稿者 いじめはある : 2006年11月27日 14:36