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2006年09月25日
学力調査からみえてくるもの
本日の文教委員会では、17年度に行われた練馬区立小中学校児童生徒学力調査について、その結果と分析の報告が行われました。
この学力調査では練馬区全体の小学校4年生の国語・算数、中学校1年生の国語・数学・英語を対象に行ったもので各学校別の結果などではなく全体を集計した結果をまとめ報告しています。また、同時に「生活・学習意識調査」も行われています。
各教科別の結果については概ね前年度より向上していますが、この調査結果で私が一番注目したのは「生活・学習意識調査」で行われた結果です。
中でも小学校での「算数の時間に、みんなでいろいろな考えを発表しあうことはすきですか」という問いと、中学校での「数学の授業で、いろいろな考えを発表しあうことはすきですか」という問いを比べてみると、小学校では全体の67.7%の児童が「すき」もしくは「わりとすき」と答えている一方で中学校では「そうである」「どちらかといえばそうである」と答えているのは31.9%になっています。
その他にも中学校で他の教科での同じ問いの結果を見てみると国語が26.2%、英語が32.5%と自らの考えを発表することに対して否定的な回答が多くなっています。
ここでひとつの問題点が浮かび上がってくるのは、小学校4年生時点では積極的に自分の意見や考えを言える状態にある一方で中学一年生になると極端に自分の意見や考えを言いにくい、もしくは消極的になっているということです。
これは自分の考えを自分の言葉で言うという、画一的、詰め込み教育から脱却し、「自ら学び、自ら考える力」を養う教育への転換への道のりがまだまだ険しいものであるということなのかもしれません。各教科ごとの学力も大切なことであるのは間違いありません。しかし、自分の意見や考えを述べること、日本人は横並び意識が強く苦手ともいわれていることですが、先生からの授業をただ覚える受身の勉強スタイルから、授業で覚えたこと学んだことを自らで考え、自由に友人と意見交換をしあえるような教育環境になること、それが学ぶ楽しさ、考える楽しさを育む大切なキーワードであり、学ぶ意欲を高める基礎になるはずなのですが・・・・
投稿者 takao
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ご意見欄
「自分の考えを自分の言葉で言う」ということ、私は是非、我が家の子ども達にも、子どものうちに学んでほしいと思っています。
小4の我が子のクラスをたまたま見ることができる機会がありまして、授業の様子を見てきたのですが、みな、活発に意見を言っていて少々びっくりしました。自分が小4のときには、これほど活発に意見を言う雰囲気ではなかったように思います。我が子のクラスを見た後、通りかかった6年生のクラスをそっと覗いて見たのですが、小4のクラスとはうってかわって、先生が挙手や発言を促しても、誰も応じないという様子でした。
この違い、何だろうと思っていた矢先、学習塾の中学生クラスを見る機会があり、なんとなくわかったような気がしました。
学習塾の授業は、私が見てもおもしろい。発言の促し方が、いかにも発言をしたくなるような促し方なのです。授業とは全く異なる講師のプライベートな話しについて、ざっくばらんに意見を求めたり、新聞記事から子どもが興味を持ちそうなテーマを選び、ディスカッションをさせるとか、「自分の意見を言う」ということが楽しくなるような促し方、機会の設け方をしていました。まあ、うがってみればその日は入塾説明会ですから、塾としても日頃とは違う授業形式にしていたのかもしれませんが、その塾に通っているわが子も「塾の授業はおもしろい!」と言いますので、あながち間違ってもいないと思います。
我が子の小学校でも「授業が面白い」と評判の先生はいます。しかし、その評判が立つということは、そうでない先生が大多数であるということです。塾がよく、公立小学校はダメ、ということではないのですが、その差を生んでいるのは、「公立小学校では、先生が独自の授業を自由に進められない」という点にあるのではないでしょうか。
他区で公立小学校の先生をしている友人と話しをすると、「授業ではチャレンジが許されない」と言います。自分なりにいろいろやってみたいことはある、しかし、それが何か問題視されてしまうことを恐れてしまう。学校の先生に対する目は厳しい。チャレンジする余裕がまったくない。とも言います。
それは、教諭という専門職を生業とする者の、甘え、責任転嫁でもあるように思いますが、しかし、そう単純に非難できるほど、現場は単純ではないようにも思います。子どもの個性を伸ばせ、横並びでない自由で創造的な学校であってほしいと思いますが、そうなるためには、学校の先生方がまず、個性を活かし、自由で創造的な授業ができる環境である必要があるように思えてならないのです。そうするためにはいったいなにを変えればよいのでしょうか?学校運営の仕組みというのは、なかなかわかりずらく、よくわかりません。
ところで、その「学力調査」では、「授業は楽しいか」という設問はないのでしょうか?また、その学力調査の結果という者は、私でも見ることができるものなのでしょうか?
投稿者 仙業主夫 : 2006年10月02日 11:22