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2006年08月03日

投票の際の基準は?

地方分権が進むと同時に地方議会の役割も大きくなってきます。そうした中で地方議会に求められれているのが地方議会への市民参加です。

今日は全国市議会議長会が主催した研究フォーラムに参加したのですが、フォーラムのタイトルは「地方議会と市民参加」というもので市議会議長会が主催するフォーラムで市民参加が取り上げられるというのは本当に時代が動き始めているのだと感じさせるものです。

さて、フォーラムの中では分権時代は政治家を選ぶ有権者も責任を取る時代だという話がありました。先月北海道の夕張市が破綻したのは記憶に新しいですが、選挙で選んだ政治家次第では最終的な負担は住民に転嫁されるという意味でもあります。いうなれば選んだ責任を問われる時代ということなのだと思いますがその話の中で面白いたとえがありました。

国の借金を一人当たりの負担額とするとおよそ800万円になります。そしてたとえば800万円の車を買うとすれば、その性能やメリット・デメリットなどを詳細に何度も調べたり比較したりして購入するのが普通です。しかし、昨年の総選挙の際に800万円の買い物をすると考えて政策を詳細に何度も調べたり比べたりして投票する人がいたのかという比喩を使った話でした。

このたとえ話はひとつの比喩ですが、しっかりと選んで投票しなければ確実に負担が帰ってくる時代が分権時代のひとつの形であることを示しているといえます。

選挙の際には公約を数値でしめすマニフェストのようなものを示す候補者もいれば、キャッチコピーのみを示す候補者もいます。このマニフェスト的な公約は比較しやすくその点で言えば有権者が投票の際に選択する基準も徐々にですが示され始めているといいえます。

このことから、分権時代は政治家や候補者がしっかりと政策を示し、有権者がその政策を比較して投票できるようになることが必要不可欠となりますが、同時にわかりやすく具体的な政策を示すという難しい作業が必要になることから議員や議員を目指す人に求められている能力というのがどんどん高いものなっていくのが分権時代なのでもあるとフォーラムを聞いていて感じたところです。

投稿者 takao : トラックバック (0) : 地方分権 : にほんブログ村 政治ブログへ

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