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2006年04月19日
町を歩いてみると
子どものころ過ごした町というのがどのように変化したのかというのは、なかなか実感しづらいものかもしれませんが、今日は小学校、中学校時代の通学路を歩いて改めて町の変化を見てきました。
歩いていて感じたのは、農地こそ少なくなったと感じるものの、新しい住宅やマンションなどはガーデニング的な緑が多くなっているように感じました。そして、歩道なども整備されずいぶんときれいな町になったのだなと実感したところです。一方で、木造建築が減り、鉄筋コンクリートの住宅が増えたことから人工的な感じがするのは否めません。しかし、この点は防災などの観点からすると致し方ないものであるともいえます。
また、歩いている目線からちょっと目線を上に上げると、高層建築物が増え空は閉鎖的な空間となったのだと感じます。しかし、町で暮らすということで見れば利便性が格段にあがっていることもよくわかりました。
歩いた時間がお昼から夕方にかけてだったことから公園などでは子どもたちやお母さんが楽しそうに遊んでいる姿などほほえましい光景も見ることができ全体的に見れば平和な町なのだというのが歩いてみた感想です。
しかし、残念なこともないわけではありません。こどものころの隠れ家や秘密基地的な遊び場は姿がなくなってしまったことです。これは個人的なノスタルジーなのかもしれませんが、先日多摩市を訪れていた際に、丘に登り泥まみれになって走り回りながら遊ぶ子どもたちを見て、そういう遊び場が町にあることをうらやましくも思いました。ですが、練馬区内にそういった遊び場がまったくなくなってしまっているのではなく、あくまでも私の通った学区内でなくなってしまったというだけで、広い区内にはそういった遊び場はまだ残っています。
いずれにしても、町に望む姿や機能というのはそこで暮らす人たち一人ひとりが違う価値観を持っているというのは当然であり、そうしたさまざまなニーズをどう調整し町を作っていくのかというのは人口70万人を抱える巨大自治体の練馬区では本当に難しいことなのかもしれないと町を歩きながら感じたところですが、今年は見ることのできなかった母校の桜に新しい緑の芽が吹いているのを見て、四季を感じられる町というのが理想なのかと思ったりもしたところです。
投稿者 takao
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ご意見欄
きょうのコラムは、読んでいてなんだか心が和みました。いつもとちがって、よかったです。
「四季を感じられる町」・・いいですね。
私の家の近くでは八重桜が散りはじめました。
無機質なアスファルトがピンクのじゅうたんを
敷いたようになりました。
投稿者 アッキー : 2006年04月20日 21:48
いつもコメントありがとうございます。
ゴールデンウィークには区内を自転車で一周し改めて練馬区の町全体を見てきました。いろいろな発見もありましたので近日中にまた今日のひとことでお伝えしたいと思います。「四季を感じられる町」自然学者のCWニコルさんと以前お話したときに「日本の四季は世界で一番の自然だ」とおっしゃっていました。また、そのすばらしさをなぜ日本人はわからないのかとも・・・・
いずれにしても、多種多様なニーズを踏まえながら誰もが住みたいと思えるような町それを作っていくためにはみなが力をあわせていかねばならないのだと思っています。頑張りましょう。
投稿者 野崎たかお : 2006年05月07日 13:07