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2006年01月31日

それにしても多すぎる

本日行われた健康福祉委員会で1月19日に南大泉保育園で発生した園児の集団嘔吐について、その報告が行われました。

今回の原因はノロウイルスによるものであり、感染経路については発生状況の調査から食中毒ではなく他の感染経路によるものであるとされています。他の感染経路については詳しく報告はされておりませんが食中毒ではないということを強調しているように思えてなりません。実際に食中毒ではないのであれば誠実に感染経路についての調査をするべきであり、これまでの事件でもその点はうやむやにされたまま終わっています。

南大泉保育園では全園児165名中、園児73名が最終的に何かしらの症状を発症しています。在籍園児のおよそ半分が症状を発症した大変大きな事件です。

昨年からノロウイルスによる事件が小学校や保育園などで多発しています。ノロウイルスによる感染症が今年は全国的に広がっているのかというとそれほど拡大していないと思われますが、練馬区内の公立の施設でこれだけ頻繁に事件が起きるということに怒りを通り越してしまいます。このような問題が起きる背景にはいろいろ考えられますが、区職員の一部にですがどうも公務員という職務に胡坐をかき、本来果たさなければならない公務員としての職務を軽んじている一部団体の姿勢が悪影響を及ぼしていると思えてなりません。

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2006年01月30日

3年間の計画の行方

来月17日から来年度予算を審議する定例会が始まります。次の定例会で審議される18年度予算は、今後の5年間の練馬区の方向性を示した長期計画の初年度の予算でもあり、また現在策定中の18年度から20年度まで3年間の区の計画事業を細かく示した中期実施計画の初年度の予算でもあります。

予算委員会に先立ち本日予算内報ということで大まかな18年度予算の内容の説明を受けました。細かい内容については正式な予算書が配布されてからホームページでもお知らせしたいと思いますが、18年度予算の概要では中期実施計画や長期計画で示されている箱物事業が続々と実施に向け着手される内容となっています。

個人的には大盤振る舞いといえるような内容であり、もっと他の事業に振り分けることが必要ではないかと思っているのですが、景気回復期待なのかどうなのかは分かりませんが強気の財政支出を伴った区政運営が展開されていくのかと危惧を感じています。

さて、練馬区の予算はおよそ2000億円なのですが、常々感じていることがあります。それは、例えば1000万円の予算の事業の場合、その予算にたいし、「たった1000万円」という声を耳にすることです。これが、民間であれば1000万円の予算は自分たちで稼ぐ必要があることから、「たった」という言葉は考えられません。しかし、議員となり行政の仕事をし始めてから行政の支出に対する意識、それは議員も含めてかもしれませんが、支出する額がどれだけ大変な思いで納められている税金なのか、予算を執行するもしくは事業を提案する自らが予算を稼いでくる必要がないためなのか、どうも予算執行および事業について危機感が薄いような気がしてなりません。

いずれにしても、18年度予算は、これまでの予算と違い多くの違いが目に付くものとなると思いますが、予算議会に向けて充分事業を精査していかねばなりません。

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2006年01月25日

【おしらせ】

事情により今日・明日の「今日のひとこと」はお休みさせていただきます。
読者の方々には大変申し訳ありませんがよろしくお願いいたします。

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2006年01月24日

ホームページの効果

昨日ある自治体の方から私のホームページで紹介している父親向け子育て支援冊子「ハンズ・オン・ダッド」を新規事業の参考にしたいので資料をいただけないかと言う問い合わせをいただきました。

もちろん、即快諾したわけですが、誰でもどこでもいつでも閲覧できるというホームページに掲載することで、練馬区以外の自治体の事業になにかしらのご協力ができたことはホームページの持つ情報発信の力というものを改めて感じたところです。

さて、最近ふと思うところがあります。昨日の自治基本条例懇談会でも議会の役割・議員の役割が議論されていましたが、練馬区議会議員である以上、練馬区民、そして練馬区のことを第一に活動するのが当然と言えます。そして地方分権が進む中、護送船団方式の自治体運営が終わり自治体間での競争が激しくなればなるほど、当該自治体の議員は当該自治体が他の自治体に比べより住みやすい自治体になるよう活動することになります。

それは当然のことなのですが、子育て支援や虐待問題などに取り組んでいると、果たして当該自治体だけよくなれば良いのかというとそういう政策ではありません。ここは大変悩ましい問題であるといえます。

では、どうしたらいいのか?。その答えは見つかっていませんが、何かを実現するという目的を達成するためには自らが議員でなくても、同じ思いをもつ議員をバックアップしていくことや、事業を行うことで実現することも可能だといえます。

自分が住み働く自治体だけがよくなればそれでいいのか。そうではないと思いつつ難しい課題です。

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2006年01月23日

第9回練馬区自治基本条例懇談会が開催されました

昨年から開催されている自治基本条例区民懇談会も9回目となりました。
9回目の今日は区・区長・議会の役割・責務について活発な議論が行われたのですが、やはり議会に対してのところで厳しい意見が多かったような気がします。

なかでも、議会と住民との関係についてがポイントになっていたと思うのですが、議論に耳を傾けていると区民が議会に参加できるよう傍聴の仕組み・議会の開催日時を工夫するべき。陳情・請願は議会にお願いするという扱いで主権者として当たり前の権利の行使なのに、議会にお願いというのは違うのではないか。陳情など継続する際には期限を明確にする。議会を討論の場とするべき。自由討論で活発な議論の環境づくりが必要。セレモニーではいけない。等々様々な意見がでていました。

また、行政の役割が高度複雑化し住民のニーズも多用する中で議員はもっと幅広い勉強をするべきでありミクロの問題ではなくマクロの問題から専門的な見地に立ち活動するべきという意見には、理想と現実の難しさを強く感じたところです。

それは、議員の職務及び役割に関し明確なものがないからです。市民感覚を議員が常に持ち続けることに異論はありません。一方で市民の代表であるから市民の声を代弁することが役割でもあるのですが、このときに「市民の声の代弁」という解釈の問題がでてきます。ただ市民の声を伝えるだけならばそれは「拡声器」のような役割といえます。それはそれで「代弁」なのかもしれませんが、マクロ的な視点から高度専門的問題に関し市民の声を吸い上げ「翻訳」し議論していくというのも「代弁」であるといえます。

前者と後者どちらが正しいのかもしくは望まれているのかは選挙によって住民が決めることになるのですが、少なくとも前者の役割は議会と住民との協働の仕組みを作ることにより、フォローできる可能性がある一方で後者については議員でなければできない問題だと私は思うのです。

議会・議員の役割とは何か。それを自治基本条例で明確にしていこうという試みは大変意義のあることでもあるのですが、条例などで明記しなければ役割を果たせないと思われてしまうところが、今の政治不信の象徴でもあるのかと議論を聞いていて思ったところです。

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2006年01月20日

国会議員の議員年金は廃止されるようですが地方議員の年金は・・・・

今日、開会した国会では首相の施政方針演説が行われました。個人的には演説の内容で新しく感じることはありませんでしたが、今問題となっている耐震強度偽装問題について30秒ほどしか触れていなかったのがとても印象に残っています。

さて、今国会では優遇されていると批判の多い国会議員の議員年金を廃止する国会議員互助年金(議員年金)廃止法案の提出が予定されており、順調に行けば今の形での国会議員の議員年金は廃止されることになります。

ここで「国会議員の」とつけているのは地方議員の議員年金は国会議員の議員年金と別の法律で定められているため同時に廃止となるのではないからです。

しかし、総務省で地方議員年金の見直し案を今まとめているようで、もしかしたら今国会で何かしらの見直しが進むかもしれません。ですが残念ながらあくまでも制度の維持を前提としている見直しの議論であり、廃止を含めた抜本的な問題解決につながる内容となる様子はありません。

そんな中、今日は地方議員年金の調査をしている記者の方に取材を受けてきました。

取材では議員年金に対する問題点や実情、そして廃止をするのならばどのような形が望ましいのかなどなどいろいろお話させていただいたのですが、地方議員の年金というのは市町村合併で議員の数(掛金を支払う側)が大幅に減る一方、合併により議員が減った分、引退する議員(受給者)が増えることから、財政的に考えれば破綻が時間の問題だというのは誰が見ても分かるものです。そして今の制度を存続することを前提にすれば、現役の議員が支払う年金掛金で財源が足りなくなれば税金が使われることになるのは目に見えています。ここで言う税金とは自治体の財源すなわち市税(区税)であり、結局は市民(区民)に負担を求めるということにつながるのですが、このことに気づいている方は意外に少ないのがまた一つの問題点だといえます。

そして、もう一つのキーワードは地方分権です。地方のことは地方でという分権の流れは確実に進んでいくものです。それは地方議会にも言えることなのかもしれませんが、ここで議員の待遇というものをどう決めているのかというと、議員の報酬、政務調査費の支給の有無とその額、その他費用弁償などの手当は地方議会自らが条例によって決めることになります。一方で議員年金については支給額、掛金などは国の法律で定められているため地方議会自らが決めることはできません。自治体の予算を使う内容でもあり、議員報酬や政務調査費などであれば条例制定事項のため市民であれば何かしらのチェック及びアクションが可能であるのですが、議員年金だけは国の法律で決められていることなので市民は何もアクションを起こすことはできません。もちろん当該の地方議員自らがアクションを起こすこともできません。
そのことから、自治体の議員の待遇はすべてに関してその自治体の議会が独自に決められるようにすることが望ましいと私は考えています。仮にその他の方法であっても厚生年金・共済年金と同時に一元化するのが現実的だと思うのです。

よく議員年金がなくなれば議員の老後の生活が厳しくなり、議員のなり手が少なくなるとの主張を制度維持を望む方々から聞くことがありますが、議員年金は抜きにしても議員は別に国民年金にも加入せねばならず、皮肉ですが国が100年安心としている国民年金では生活できないと政治家自らが認めているようなものです。そして逆に老後の生活保障がなければ議員のなり手がいなくなるのであれば、そのような保障がなければ議員にならないという人物が議員としての資質を備えているのかという根本的な疑問がでてきます。さらに議員在職中にはそれなりの報酬が支払われているわけであり、議員年金が仮になくなっても、掛金がなくなるためその分現役時代の手取り収入は増加します。それをどのように運用するのかを個人で決めればいいだけの話です。

今受給している元議員の方々は大変かもしれませんが、彼らも税金の無駄遣いをなくし、税金を市民のためにできるだけ効率よく使い、地域をよくしていこうと仕事をなされてきた方々のはずです。その点からすれば自分だけ苦しくなるのはいやだと抵抗するのではなく自らも率先して改革の声を上げるのが当然のことだと思えてなりません。

地方議員の年金については法律で定められていることなので練馬区議会という場では議論する場がありませんが、今後も継続して調査を行い、積極的に情報発信を続けていくことで多くの人の関心を少しでも高めていければと思っています。

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2006年01月19日

税金で事業を行うということ

今日行われた健康福祉委員会で気になる事業についての報告が行われました。その事業とは手話講習会事業で手話ボランティアや手話通訳者の養成を通して、聴覚障害者福祉の向上を図るという事業です。分かりやすく言うと手話通訳養成講座とも言い換えられるかもしれません。

さて、この事業の受講はこれまで無料(テキスト代1000円)で行われていたのですが、今後は2400円の受講料を徴収するということが主な報告でした。これに対してこれまでどおり無料で行うべきだという主張を行う議員もいましたが、私は真っ向から逆の考えです、

今回の有料化ではこれまでと同じように中途失聴者や難聴者および障害者手帳保持者は無料となります。有料となるのはそれ以外の受講者ということになります。

そして、民間の資格講座などをいくつか調べると手話通訳養成講座というのは通信講座でも数万円の受講料がかかる資格講座です。、一方で区が行っている講座は実施回数など民間講座より充実した内容でこれまでは無料(今後2400円)で行われていました。

このことから民間で資格事業として成り立っている事業を行政が税金を827万7175円も投入して行う必要があるのかという根本的な問題に行きつく問題でもあると思うのです。

この事業が始まったのは昭和50年です。当時は、手話通訳者が少なく福祉の向上のためにも養成が欠かせない状態で民間での資格講座も少なかった背景があります。しかし、今はまったく状況が異なります。さらに税の公平性からすれば、同じ練馬区民でも自費で民間の講座に通っている方と、区の講座に通っている方とでは、同じ区民で同じ資格をとるのに大きな負担の差が生じてきます。

民間でできることは民間にという考え方自体は私は間違っていないと思いますが、これまでの民間委託を見ていると、その委託する事業の選択が間違っていると思えてなりません。手話通訳養成講座のような個人の資格取得を促す事業こそ率先して民間に任せる事業であると思うのです。

今回の報告では講座の運営についても直営から民間に委託するとしています。ですが民間に委託してまで税金を投入して行う必要があるのか、この事業については委託の是非や有料・無料という判断をするのではなく行政が税金で行わなければならない事業なのかどうかを考えなければならない事業だといえます。

このような事業は他にもたくさんありそうですが次の議会ではそのような事業を洗い出し、行政が税金を投入し担わなければならない事業とそうではない事業とをしっかりとした理論付けを行いながら、議論していかねばならないと思っています。

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2006年01月18日

人物を推薦するということ

先日、何かと世間をにぎわしてきたIT関連企業ライブドアに証券取引法違反の疑惑が浮上し、日本の株式市場が大混乱しています。現在報道されている内容ではホリエモンの愛称で親しまれている堀江社長にも疑惑があるようで早期の解明が望まれます。

さて、堀江社長といえば前回の総選挙で自民党公認ではなかったにしろ事実上、自民党が総力を挙げて選挙を応援した人物です。このことに対し、小泉総理や自民党の幹部は選挙の応援とは関係がないと躍起になっていますが、はたしてそうなのでしょうか?

堀江氏に関わらず、今日、総選挙で当選した松本和巳衆院議員が公職選挙法違反で辞職、昨日行われた耐震強度偽装問題の証人喚問では政治家の名前がいくつもあがるなど、そのような人物たちは果たして議員としてふさわしい人物であったのか疑問になります。

そして、なにもこのようなことは自民党だけではなく民主党でも覚せい剤を使用していた議員が逮捕されたり、弁護士法違反で逮捕されている議員が続出するなど、個別の政党の問題というより日本の政党のあり方の問題なのかもしれません。

なぜなら政党が公認したり推薦したりするということは、その政党がその人物を議員にふさわしいというお墨付きを与え有権者にオススメしているということです。しかし、国政レベルでなく地方議員のレベルでも前記のような目を覆いたくなる事件は毎年何件もあります。

では、実際に政党はどのようなプロセスを経て人物を評価し公認を与えているのかというと、私自身は政党には所属していないためはっきりはわかりません。しかし、他の自治体で政党に所属している方とお話したりしていると、必要な能力や見識などの審査というよりは、やる気やでっち奉公、勝てるかどうかということがほとんどで、人物や専門的な知識などは二の次のようです。

そのような状況でも、政党の公認または推薦となっていれば当然有権者は人物・見識もしくはモラルについても政党がしっかりと判断した上で進めている人物であると思うのは仕方がありません。

ここ数日の報道を見ていると、人物を他人に勧めるということの重みを分かっていないのが日本の政党政治なのではないかと感じています。

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2006年01月17日

ちょっと残念・・・

今月9日に練馬区でも成人式が行われ約4500人が新成人となりました。それはとてもおめでたいことでもあるのですが一方で、成人式の中で行われたユニセフや「緑を育む基金」などへの募金がユニセフに4161円、緑を育む基金に3804円の計7965円という集計となりました。

募金というのは一人ひとりの気持ちの問題であり額の大小にこだわるべきではないと思ってはいますが、募金箱に入っていた最高額が100円玉だったというのは、寄付文化が乏しい日本社会を象徴しているのではないかと思えてなりません。

もちろん、当日募金の呼びかけ方法にもっと工夫が必要だったのかもしれないということは忘れてはなりませんが、杉並区でもNPOへの基金が事実上開店休業状態になっているなど、寄付というものを社会全体で今一度考えていかねばならないのかと感じたところです。

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2006年01月16日

学校の多様化は良いことかもしれませんが・・・

愛知県でトヨタ自動車やJR東海、中部電力など地元の企業が中心となって設立した中高一貫校「海陽中等教育学校(仮称)」の初めての入試が行われ倍率が4.4倍となったようです。

この学校は 将来の日本を牽引する人材の育成を目標にしたいわゆるエリート養成学校で、それも民間企業が中心となってエリート養成を担う新しい形で設立された学校です。それは昨今叫ばれている「学力低下」の問題に付随する「ゆとり教育」とは確実に目的が違う学校でもあります。

その学校の初めての入試で定員120名に対し述べ920名もの受験生が集まったことは、学力重視の学校を望む家庭が多いことの裏返しとも考えられます。

一方、公立を見てみると公立でも中高一貫校などを設立する動きもありますが、練馬区の学校選択制の結果を見るといわゆる有名高校への進学率が高い公立中学校への希望が多い傾向も読み取れると共に、私立中学校への進学率も高くなってきているといえます。

しかし、教育ということを考えると、エリート養成のような学力重視だけの学校が良いわけではありません。ですが、今の公立学校のままで良いということも決してなく、公立もただ教える教育(与える)から学ぶ教育(育てる)へ変わっていかねばならないといえます。

学歴社会が崩壊したとされていますが、現実には大学全入時代となり、昔の大卒は今では大学院卒というような環境になり始め、学歴社会は崩壊どころか、よりエスカレートしているというのが実態であり、今子どもを持つ保護者は実社会でそのことを強く感じているがゆえに学力低下に不安を抱えているのではないでしょうか。

お金がなければ学力重視の学校に行けない社会。昨今は東大の学生が裕福な家庭の出身者が一番多いというデータもありますが、そのような教育環境にだけはなってはならないのだと最近強く感じています。

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2006年01月12日

少子化に適応できるような社会へ

今日、政府が出産費用を全額国が負担する「出産無料化」の検討に着手したようです。

その背景には少子化対策としての色合いが極めて濃いものですが、それはそれとして出産に伴う家計の負担は大きく、厚生労働省の2002年の調査では、公立病院に入院して出産した場合、平均31万7000円となっています。しかし、2003年に民間の情報調査会社が行った調査では、出産にかかる費用は、入院・分娩(ぶんべん)費で約39万円、出産準備品購入費が約15万円、その他約13万円など、総額約67万円になっています。さらに、紙おむつやミルク代など月1万円以上の出費も必要で、昨年「出産育児一時金」が30万円から35万円に増額されていても実際には出産に伴う費用は大きな負担となっているのが現状です。

そのことから今回政府が検討に着手した出産無料化は「子どもは社会で育てる」ことの実現への第一歩であり早急に具体化を進めていくことが必要だといえます。

これまで少子化対策というと基本的には既婚向け、もしくはすでに子どもを育てている人向けの政策がほとんどでした。それはとても重要なことであり、今後も充実させていかねばなりません。しかし、子どもを生みたいと願う人たちへの政策が具体化に向けて動き出したことは大きな意義があります。

ですが、一つ懸念しているのは、政府は少子化対策を現状の社会制度の維持のために打ち出していますが、社会制度の維持のために子どもを増やすというのは危険をはらんでいると私は思うのです。本当に必要なのは誰もが子どもを生み育てやすい社会作りと同時に少子化を止めるのではなく事実として受け止め、世の中の仕組みを少子化に適応できるように改めるようにすることでなければなりません。

そのためには高齢者から現役世代が世代間格差が止められない現状の社会保障制度の問題点を認識し、社会保障負担の先送りを将来世代に引き継がないよう負担を分かち合う制度への転換の必要性を共有していくことが欠かせないことだといえます。

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2006年01月11日

一度参加してみてはいかがでしょうか?

昨年から開催されている自治基本条例区民懇談会は次回で9回目となります。9回目の区民懇談会は1月23日午後6時30分からでもちろん傍聴もできます。

さて、自治基本条例に限らず、条例の制定に区民が参加するというのはここ数年広まった活動であり、たとえば10年前では区民が条例作りに参加することなどはまず考えられなかったといえます。

そして、条例作りというと法律に携わる人でなければ敷居が高いという感じを受けると思います。しかし、実際に条例作りに参加してみなければ、その面白さ、やりがいを実感することは難しいといえます。

区民と行政が協働して自治体運営を進めていく時代となり、区民懇談会などの設置に当たっては行政もだれでもが分かりやすく議論しやすい環境を事務局としてつくろうとも努力をしています。

自治基本条例の区民懇談会の傍聴者は残念ながら減少傾向にありますが、区内在住の学生さんや公務員を目指している方、公共の仕事に携わろうとしている方にとって様々な立場の委員の方が議論しあう区民懇談会はとても有意義な勉強の場ともなります。

平日の午後18時30分からでは参加しにくいかもしれませんが、機会がありましたら是非参加してみてはいかがでしょうか?

自治基本条例区民懇談会ホームページ(配布資料や議事録も掲載されています)

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2006年01月10日

不審な電話に要注意!

昨年末に区内で区職員を名乗る人物から国民健康保険証の原本やコピーを送るよう促す不審電話があいついでいました。

練馬区の職員がそのような電話をすることはなく、保険証のコピーや原本を騙し取る新たな詐欺の手法である可能性が高いことから区では不審電話への注意を呼びかけています。

実際に国民健康保険のコピーをFAXした上で発送してしまった被害者もでており、不安を煽る巧妙な手口であるといえます。

まだ、多くの被害が出ているわけではありませんが、主に高齢者を狙った犯行であり、今後広がる可能性もあることから不審な電話があった場合にはすぐに練馬区にご確認ください。

それにしても高齢者の不安を煽り、保険証を騙し取ろうとする手口は、オレオレ詐欺(振り込め詐欺)を思い起こさせる悪質な犯罪行為で許せないものです。

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2006年01月06日

今年のテーマ

政策を提案するにはただの思い付きではなく、その必要性から実現への課題、そして課題をどう克服していくかなど一つ一つ積み上げていかねばなりません。そこで毎年提案する内容のテーマを設定しているのですが、今年のテーマは「職場環境」に重点を置いていこうと考えています。

なぜ「職場環境」なのかというと、行政サービスを実施するのが行政職員であればその職員が職場に満足度が高い場合でのサービス提供と職場に不満を持つ場合でのサービス提供には雲泥の差が出てくるからです。

また、よく公務員の職場は安定していて優遇されていると見られがちですが、確かに雇用の安定を見れば一番優れている職場であるといえます。一方で雇用の安定は人材の入れ替えがほとんどなく、そのことは年功序列の職場であれば自動的に上の年代の職場風土の考え方を強く引きずった職場環境となっていきます。それは時代の変化に対応できにくい一番の原因だといえます。
もう一つ言えば職場環境というと「職員の意識改革」が先だという考え方もあるかもしれませんが、それは理想像であり現実的には難しいものです。何よりも職場環境が職員の意識を育てていくもので、新人の職員の入庁時と10年後、20年後の姿を見比べれば、仕事への意識づけを左右する職場環境が重要であることがわかります。

そして、職場環境の改革に欠かせないのは労働組合の姿勢だともいえます。練馬区の労働組合を見ていると職員個人の利益を重視し、職場環境の改善についても人員増の要求などが主なもので、そのことが仕事がしやすい、もしくは仕事が楽しいと思えることに直結するとはいえません。それは今の職場環境を見れば明白であるといえます。職員が仕事が楽しく、生きがいを持って仕事を行える職場環境作りこそが本来の労働組合の役割であり、そのような活動こそ労働組合に期待しているところでもあります。

しかし、それらを実現するのは大変難しいことだといえますが、近年増え続ける公務員のうつ病などの背景を考えると、その一つに職場風土というものがあるのは間違いありません。そして私の理想としては「組織の中の個」という環境から「個が集まり組織を現す環境」への変化だと思っています。

やりがいを感じられる職場への転換。どのような行政改革をしようと改革を実行する職員のやりがいを引き出せねば、形だけの改革となってしまうのは目に見えていることから「職場環境」を今年のテーマとしていければと考えています。

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2006年01月05日

長い道のり・・・

昨年の5月から昨年11月までに支給された費用弁償(日額旅費)の供託を行ってきました。

公約として本会議や委員会に出席するたびに一日6000円支給される費用弁償の廃止を掲げ、これまで法務局に供託した金額は118万8000円にもなりました。

全国的に見れば最近では大阪市で費用弁償が廃止されたように、第二の報酬とも見られるこの制度はその役割を終え廃止の流れにあるといえます。

しかし、練馬区を含め東京23区というのは横並びが好きなようでいまだ廃止している区はありません。だからこそ、練馬区から廃止の流れをと思っているのですが、いろいろな考え方の議員がいる中で、廃止という考え方は極めて少数であるのが残念でなりません。

今、時代の流れで公務員の給料や手当に関する世論はとても厳しく、時代にあった制度に変えていかねばなりません。そしてそのような変化を議員が行政に強く求めていくのならば、議員自らが範を示していなければ、自らの待遇は温存しその他だけを削ると見られてしまうと同時に説得力のかけらもないと思うのです。

この費用弁償という制度は議会を構成する議員の中だけで廃止や見直しを決めることができる制度です。いうなれば誰に相談することもなく議員だけで決められるのです。そして、制度の存続を望む人、廃止を望む人それはいろいろいて構わないと思うのですが、せめて必要な人に支給し必要のない人には支給しないという仕組みにするのは当然であり、支給の必要のある人は堂々と使い道を示し支給を受けれいいだけの話なのだと思うのです、行政サービスで当然とされていることが、当然でない世界というのは不思議でならないところです。

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2006年01月04日

新しい年が始まりました!

今日から新しい一年のスタートとなる仕事が多くの職場で始まります。今年は9月に自民党の総裁選挙があるように政治にとっては大きな転換期となる一年となります。

また、政治の転換期はイコール消費税などの税制改革の本格的な論議が始まるということでもあります。そのことから今年一年は少子化・高齢化社会の社会保障制度をどのように構築していくのかという重要な年となることが予想されます。

さて、私個人にとっても5月で任期の最終年の4年目に突入します。これまで選挙の際に掲げていた「区議の仕事ってなんだろう」ということを念頭に置きながら自分自身で目指す区議の仕事というものを実践してきました。いまだ確固たる答えは見出せずにいますが、痛切に感じるのは住民や支持者の要望にこたえるだけの政治は必要ないということです。

その理由は明白で、要望というのは背景にある資源を正確に把握していないかぎり無限に尽きることはありません。そして、その無尽蔵な要望に政治が無責任にこたえてきた結果が750兆円の借金なのです。さらにこれだけ膨大な借金を抱えていても、就学援助を受ける家庭は4年で4割増加し、国民健康保険では保険料が払えず無保険者が全国で30万世帯を超えています。

このような状況の中で、今ある社会保障制度を切り詰めても財源は足りなく、いつか負担増がやってくるのは明らかであるともいえます。

よく、国の社会保障制度の比較でスウェーデンなどヨーロッパ諸国の福祉が充実していると言われています。その背景には高福祉・高負担であることは当然のことなのですがもう一つ大切な点があります。それはヨーロッパなどでは、昨今日本で声高に叫ばれている協働という形が社会の伝統・文化の中に根付いていることです。このことなしには社会で福祉を担うということは実現できないものなのかもしれません。

そんな中で政治に携わる議員は何をする必要があるのか。それは今ある制度が持たないのならばその理由を分かりやすく語ると共に責任を明確にし、一方で新しい形を作れるという希望を抱かせるような政策を示していくことなのだとおもうのです。

行政に関わる人々それは行政サービスを受けている人も含まれますが、多くは今を変えることへの強い抵抗を示します。しかし、その抵抗の背景には「変えた後のすがた」が明確に見えないゆえの不安であり、その不安を解消し希望に変えることこそが議員の仕事なのではないでしょうか。

これらのことを議員が行動で示す場合、住民の要望と乖離することが多々出てきます。しかし、そのことを恐れ選挙のために本質を語らないのであれば、それは議員である価値がないと私は思っています。

残り1年弱の任期となりましたが、「議員の仕事とは」をこれからも考えながら、初心を貫いていければとおもっています。

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