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2005年06月09日
Civil Societyが実現するためには
「なぜ今協働が必要なのか」という質問を良く受けますが、そのことについてレポートをまとめましたので今日、明日2回にわたって連載いたします。
『Civil Societyは可能か』
子どもを狙った犯罪や幼児虐待、高齢者を狙った詐欺事件など安全・安心な暮らしを脅かす事件が近年頻発している。以前ならば考えられなかった事件が多発する背景には、コミュニティーの崩壊による人間関係の希薄化が一つの原因として考えられる。そして地方自治を担う自治体はコミュニティーの再構築の重要性を認識し多様な政策を打ち出しているが効果的な成果を挙げているとはいえない。なぜならば、コミュニティーが希薄化した要因にはこれまで自治体が行ってきた行政サービスのあり方が大きく関係しているといえるからである。
(1)住民の要求を受け続けた政治・行政の功罪
戦後日本政治はすべての政策分野が充実すると言う分配型政治を行ってきた。分配型政治は高度成長により税収が右肩上がりの時代の象徴ともいえ、住民による付託を選挙で受ける政治家、そして予算配分を行う官僚にとっては黄金時代ともいえる。しかし、1973年のオイルショックにより右肩上がりの経済は終わりをつげたが、政治家は住民に対する説明責任を放棄し赤字国債を発行し住民の要求にこたえる道を選んだ。その結果、住民の政治・行政に対する要求は拡大の一途をたどったが、それは住民の要求を求め、住民に利益をもたらすことによって政権を維持してきた利権型政治そのものだといえる。一つ具体例を挙げるとすれば、近年の自治体では住民のことを「お客様」と呼んでいる。それは行政サービスを維持するための原資を税金という形で納めている住民は「お客様」であるといった理論によるものだが、その結果、公園の水道の水が流れたままであることを見つけた住民が行政に対し「水が出しっぱなし
になっているから止めに来い」といった本来発見者である住民ができることでさえ行政に要求するのが当たり前といった住民意識を醸成することとなった。いうなれば行政が住民生活の細部まで入る込むことによりコミュニティーが担ってきた役割が低下し、結果的にコミュニティーの崩壊を招くにいたったといえる。
投稿者 takao
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